多重下請け構造が生む「IT品質の罠」。地方の技術力が埋もれてしまう構造的理由

日本のIT業界には、長年当たり前のように使われてきた構造があります。それが、多重下請け構造です。
この構造は、大規模案件を成立させるための“業界の知恵”として、過去数十年に渡って機能してきました。しかし近年、そのあり方がシステム品質の低下やDX停滞を招いているのではないか、という問題意識も広がっています。
特に見過ごされがちなのが、この構造が日本国内の技術力や成長機会を奪ってしまっている可能性です。 本記事では、多重下請け構造がもたらす課題を整理しながら、なぜそれが地方創生と切り離せないテーマなのかについて考えていきます。
そもそも「多重下請け構造」とは何か?
多重下請け構造とは、元請け企業(プライムベンダー)が受注した案件を、一次請け、二次請け、三次請け…とピラミッド状に業務委託していく仕組みのことです。建設業界などでも見られますが、日本のIT業界、とりわけSIerを中心としたシステム開発では極めて一般的な構造です。
公正取引委員会が令和4年に行った調査によれば、ソフトウェア業において「再委託を行っている」と回答した事業者は約7割にのぼります。また、その再委託先がさらに別の事業者へ委託するケースも多く、委託関係が連鎖的に深くなっている「多重下請け構造」の実態が明らかになっています。
この構造は、大規模案件において短期間で多くの人員を、比較的少ないコストで確保できるという利点がある一方で、近年では「システム品質の低下」や「DX推進の阻害要因」として問題視される場面が増えています。
参考:公正取引委員会「ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査」(令和4年)
近年では、この多重下請け構造の途中、あるいは末端にオフショア開発(海外委託)が組み込まれるケースも増えています。発注元から見れば国内企業への委託であっても、その先でさらに海外へ再委託されていることは珍しくありません。
その結果、発注者と実際の開発現場との距離は、企業の階層だけでなく、言語や文化、物理的距離の面でも広がっていきます。
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多重下請け構造が生む3つの弊害

1. 伝言ゲームによる「仕様の歪み」
最大の問題は、発注者と実際に開発を行うエンジニアとの距離が遠すぎることです。発注者の要望や課題意識は、階層を経るごとに要約・再解釈され、現場のエンジニアに届く頃には本来の意図からズレてしまうことがあります。
- 意図の欠落:なぜその機能が必要なのかという背景が共有されない
- 解釈のズレ:中間業者の判断で仕様が書き換えられてしまう
これは、子どもの頃に遊んだ「伝言ゲーム」と同じ現象です。その結果、「仕様書通りに動くが、現場では使われにくいシステム」が生まれてしまいます。
この「伝言ゲーム」は、オフショア開発が加わることで、さらに深刻になりがちです。
- 日本語から別言語への翻訳によるニュアンスの欠落
- 業務慣習や価値観の違いによる仕様解釈のズレ
- 時差や距離の遠さから生まれるコミュニケーションの齟齬
その結果、「仕様書通りには動くが、なぜこの機能が必要なのか誰も説明できない」システムが生まれやすくなります。
2. 責任の所在が不明確になる
階層が深くなるほど、トラブル発生時の責任の所在は曖昧になります。「指示通りに作った」という下請け企業と、「意図が違う」という元請け企業の主張が平行線をたどり、原因究明や改善よりも調整に時間が費やされるケースも少なくありません。
結果として、システムの品質改善が後回しになり、プロジェクト全体の信頼性を損なう要因となります。
3. ノウハウが現場にも組織にも残らない
実際に手を動かすエンジニアが下位の事業者に集中する一方で、設計思想や全体像は上位レイヤーに留まります。この分断により、技術的な知見がどこにも蓄積されない「空洞化」が起こります。
また、IPAの「DX動向2024」によると、日本企業におけるDXの取り組み状況や成果、人材・技術面の課題が詳細に分析されており、外部依存による技術蓄積の遅れといったリスクも指摘されています。
オフショアが組み込まれた多重下請け構造では、この問題がより固定化されやすくなります。開発現場は「与えられた仕様を実装する場所」となり、設計思想や技術的な判断の背景が十分に共有されません。
その結果、プロジェクト終了後に日本側に残るのは成果物としてのコードだけです。なぜその設計や技術選定に至ったのかという知見や経験が、国内の組織にも人にも蓄積されない状態が生まれます。
これは一案件の問題ではなく、日本全体としてITの経験値が積み上がらないという、より大きなリスクでもあります。
発注側が見落としがちな「構造的なリスク」

「コストが抑えられるなら、多重下請け構造でも仕方がない。」そう考える判断は、短期的には合理的に見えるかもしれません。しかし、多重下請け構造には見積書には表れない経営リスクが潜んでいます。
コンプライアンス・セキュリティのリスク
再委託が繰り返される過程で、発注元が把握していない事業者やエンジニアが開発に関与するケースもあります。情報管理やセキュリティ教育が行き届かない環境は、情報漏洩や不正アクセスのリスクを高めます。
ブラックボックス化による事業リスク
システムの中身を理解している人が社内にも主要ベンダーにもいない状態は、将来的な改修やベンダー変更を困難にします。これは単なる技術課題ではなく、事業の柔軟性を奪う経営課題と言えるでしょう。
一気通貫開発・内製体制がもたらす品質の違い

こうしたリスクを回避するために重要なのが、発注者と開発者が直接向き合い、企画・設計・開発・運用を一つの流れとして捉える体制です。ここでは、多重下請け構造に依存しない開発体制が、なぜ品質の違いを生むのかを整理します。
TIPS 1:意思決定の「速さ」だけでなく「理由」まで共有される
仲介を挟まない体制では、仕様変更や改善要望が即座に開発現場へ届きます。しかし重要なのは、単にスピードが上がることではありません。
- なぜ今、この変更が必要なのか
- どの課題を解決したいのか
- 将来的にどう使われる機能なのか
こうした意思決定の背景が、エンジニアに直接共有されます。その結果、単なる「言われた通りの実装」ではなく、前後の流れを踏まえた判断が可能になり、手戻りや品質劣化を防ぐことにつながります。
TIPS 2:品質が「管理対象」ではなく「自分ごと」になる
多重下請け構造では、品質はチェックリストやテスト工程で担保する“管理項目”になりがちです。一方、誰が作っているかが明確な体制では、品質はエンジニア個人の判断と責任に強く結びつきます。
- この設計で本当に使いやすいか
- 将来の改修に耐えられるか
- 自分が運用する立場ならどう感じるか
こうした視点が自然と入り、コードやUI/UXの細部にまで反映されます。この当事者意識の有無が、最終的な完成度に大きな差を生みます。
TIPS 3:ナレッジが「属人化」せず、組織に残る
一気通貫で開発を行う体制では、
- なぜこの設計を選んだのか
- どの選択肢を捨て、何を優先したのか
- 過去にどんな失敗や改善があったのか
といった判断の履歴がチーム内に蓄積されます。これにより、システムは単なる成果物ではなく、改善し続けられる「知識の集合体=資産」になります。
逆に、この知見が外部や個人に閉じてしまうと、改修のたびにゼロから考え直すことになり、結果として品質もスピードも低下していきます。「作って終わり」ではなく「育て続ける」ための基盤が整います。
多重下請け構造を見直すことは、地方創生にもつながる

ナレッジを組織に残し、プロダクトの品質をあげるためには、国外オフショアに切り出すのではなく、国内の地方拠点を含めた一貫体制を構築するという選択肢も有効です。
同じ言語・文化・時間軸の中で設計思想や判断背景を共有できるため、知見が特定の個人やプロジェクトに閉じず、組織として蓄積されやすくなります。
多重下請け構造の下層では、地方のエンジニアが上流工程に関われず、「作業者」として消費されてしまうケースも少なくありません。こうした状況を生まないために重要なのは、地方を「コスト削減の受け皿」として扱わないことです。
企画・設計・開発・運用までを担える役割として地方拠点が組み込まれることで、次のような好循環が生まれます。
- 技術やノウハウが地域に蓄積される
- エンジニアが継続的に成長できる環境が育つ
- 結果として、IT品質の底上げと地域経済の活性化が同時に進む
地方創生とは、単に拠点や雇用を地方に移すことではありません。地方にいながら、設計や意思決定に関与し、責任ある仕事を担う。そうした経験の積み重ねが人材を育て、技術力を地域に蓄積していきます。
多重下請け構造を見直すことは、地方のIT企業が本来持っている力を、正当に発揮できる環境を取り戻すための重要な第一歩だと言えるでしょう。
ITと地方の関係を、もう一段深い視点から捉え直す。そんな問題提起として、本記事を読んでいただければ幸いです。
(文 = 広報室 宮崎)
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