医療現場の生成AI活用、現在地と課題。退院サマリ開発支援から見えてきたこと

医療現場 生成AI活用

アルサーガパートナーズは、コンサルティングからシステム開発、保守・運用までを一貫して担うDXソリューション事業を展開し、業界・業種を問わずさまざまな課題解決に取り組んでいます。同時に、社会課題や技術の最前線に向き合いながら、これからの働き方や組織のあり方についても探究を続けてきました。

「Arsagaの最前線」は、そうしたアルサーガパートナーズの取り組みと、各分野に精通した社員の知見をもとに、社会とテクノロジーの“今”を紐解く連載です。

今回は「医療現場における生成AI活用」をテーマに、開発会社として現場に向き合ってきた実態と、そこから得た知見を紐解きます。

私たちアルサーガパートナーズは、生成AIを活用したシステム開発を多くの業界で手がけるDX開発会社です。その中で近年、医療機関からの相談が急速に増えているのが、「生成AIを使った業務支援システム開発」のご相談です。

医療現場において生成AIへの期待が高まる一方、関心はあっても実際の運用にまで至らない状況が多くの医療機関で続いています。私たちは医療の専門家ではありません。しかし、システム開発のプロとして現場の議論に関わるなかで、「導入が進まない理由」の根の深さを実感してきました。

本記事では、私たちが医療機関と実際に向き合ってきた「退院サマリ作成支援システム」の開発事例を軸に、医療AIの実装におけるリアルな難所と、現場で重ねてきた工夫についてお届けします。

期待と実態のギャップ。データで見る医療AI活用の現在地

医療現場 生成AI活用

Ubie株式会社が2025年に実施した調査によると、AI技術による業務効率化に「効果がある/効果が見込める」と期待を寄せる医師は65.1%に上る一方、生成AIを「すでに活用している」または「活用する予定がある」と回答した医師の合計は21.9%にとどまっています。

関心は確実に高まっているにもかかわらず、「検討はしている」「いつかやりたい」のまま時間が経過してしまう医療機関は少なくありません。セキュリティ上の懸念、既存システムとの連携、そして医師や看護師といった現場スタッフの受け入れ体制など、課題は技術そのものにとどまらず、組織的・制度的な壁が厚いのが実態です。

出典:Ubie株式会社「医療現場の働き方に関する意識調査」 2025年3月(病床20以上の病院勤務医師252名)

なぜ今、医療業界でのAI活用が急務になっているか

こうした状況を動かす背景にあるのが、2024年4月に施行された「医師の働き方改革」です。時間外労働の上限規制が適用されたことで、医療機関において業務効率化は待ったなしの課題となっています。

厚生労働省の医師勤務実態調査(令和元年)によると、病院に勤務する常勤医師のうち週60時間以上働く医師の割合は男性で41%、女性で28%に上ります。外科(約51%)や脳神経外科(約53%)では半数以上の医師が週60時間以上という実態が、2024年4月の医師の働き方改革の背景となっています。

また、Ubie株式会社の同調査では、医師の60.3%が依然として労働時間短縮を実感できていないことも明らかになっています。制度だけが先行し、現場の実態が追いついていないというギャップこそが、業務負担を直接軽減しうる生成AIへの期待をさらに高める要因となっています。

出典:医師の勤務実態について(第9回医師の働き方改革の推進に関する検討会 参考資料3)

医療AI活用の全体像と、私たちが向き合う領域

医療現場 生成AI活用

一口に「医療AI」と言っても、その活用領域は国家レベルの壮大な構想から、日々の事務作業の効率化まで多岐にわたります。まずは国が推進する全体像を整理した上で、私たちが開発会社として注力している領域についてご紹介します。

国が描く「AIホスピタル」構想

医療分野でのAI活用は、国家プロジェクトとしても推進されています。内閣府が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の第2期(2018〜2022年度)において、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」が採択され、文部科学省や厚生労働省、経済産業省をはじめとする関係省庁が連携して取り組んできました。

このAIホスピタル構想では、画像診断支援から電子カルテのデータ活用、薬剤管理、遠隔診療支援まで、医療全体をデジタルで高度化する青写真が描かれています。また、医療情報の標準化やシステム間の連携を支える国際規格として「HL7 FHIR」の整備も進んでいます。これは、電子カルテなどの医療情報を安全かつ効率的に交換するための次世代規格であり、今後の医療AIの普及を支える重要な基盤となるものです。

「文書生成AI支援」の実用化が加速

このように医療AIの可能性が広がるなかで、実用化が最も身近に進んでいるのが、日常業務に直結する「文書生成支援」の領域です。退院サマリの下書き生成や電子カルテの入力補助など、煩雑な書類作成を効率化するシステムは、現場の医師から今もっとも強いニーズが寄せられています。

こうした現場のニーズは、政策レベルでも定量的に裏付けられています。厚生労働省医政局が2025年(令和7年)10月の中央社会保険医療協議会(中医協)に提出した資料(医政局総務課調べ)によると、生成AIによる文書作成支援システムの導入により、退院サマリの作成時間が1時間から20分に短縮(削減率66%)した国立大学病院の事例や、年間1人あたり63時間分の文書作成時間が削減された事例が報告されています。複数の病院規模や文書種別にわたって33〜100%の削減効果が示されており、文書生成支援は最も実装が進むAI活用領域のひとつとなっています。

医療現場 生成AI活用

出典:中央社会保険医療協議会総会 第618回(2025年10月)厚生労働省資料 医政局総務課調べ

私たちアルサーガパートナーズは、この「文書生成支援」の分野に特化してシステム開発を続けてきました。大病院の情報システム部門や臨床現場の医師と直接向き合い、導入の壁や定着の課題を経験してきた立場から、具体的な開発事例をご紹介します。

アルサーガの開発事例:退院サマリ作成支援システム

私たちが医療現場での生成AI活用に本格的に踏み込んだきっかけは、退院サマリの作成支援というテーマでした。

退院サマリとは、患者が退院する際に医師が作成する、入院中の経緯や治療内容、今後の方針などをまとめた重要な医療文書です。次の医療機関への引き継ぎや在宅医療との連携に欠かせないものですが、その作成には多大な時間を要します。1件あたり平均1〜2時間かかることも珍しくなく、医師の業務時間を圧迫する大きな要因となっています。

電子カルテに蓄積された膨大な記録を参照しながら、適切な内容を判断して要約する。この作業を生成AIで支援することが開発の目標でしたが、実際にプロジェクトが始まると、想像以上の難しさに直面することになりました。そのリアルな課題と、それに対して私たちがどのように向き合ったのか、具体的な事例をもとにお伝えします。

慶應義塾大学病院:22診療科への導入

医療現場 生成AI活用

私たちが最初に本格的に取り組んだ医療領域のプロジェクトが、慶應義塾大学病院との「退院サマリ作成支援システム」の共同開発です。

【背景】情報量と複雑さ、そしてセキュリティという難題
大学病院という性質上、一人の患者さんの入院記録が10万文字を超えることも珍しくありません。しかし開発において真に難しいのは、単に情報量が多いことではなく、その「複雑さ」にあります。膨大な記録のなかから「どのデータをどこで扱うか」「どの情報が退院サマリに必要で、何は省くべきか」という判断が非常に困難だからです。

この複雑さがあるからこそ大規模言語モデル(LLM)が真価を発揮しうる一方で、各診療科で「診る対象(サマリに書くべき内容)」が全く異なるため、適切な要約を引き出すプロンプトをどう設計するかが開発の核心となりました。また、秘匿性の高い電子カルテのデータとLLMをどのように安全に連携させるかという、設計上の大きなハードルにも正面から向き合う必要がありました。

【課題解決への取り組み】現場の使い勝手を追求した開発
医療現場の特殊性を考慮し、単にパッケージ化されたAIを導入するのではなく、医師の実際の動きにシステムを合わせるアプローチをとりました。具体的には、以下の3つの観点から開発を行っています。

  • 診療科ごとに最適化されたプロンプト設計
    22の診療科それぞれでサマリに記述すべき内容が異なることを踏まえ、各科の特性に合わせた専用プロンプトを構築しました。その運用の仕組みとして、医師が自らプロンプトを管理・調整できる「診療科別プロンプト管理者制度」を設けています。これにより、現場の細かなニーズに即座に対応できる柔軟な体制を実現しました。自分でプロンプトを調整したくない医師は、その診療科のオーソドックスなプロンプトをそのまま活用できる役割分担の設計にしています。
  • ハルシネーション対策と元データへのアクセス設計
    情報の正確さが重要となる現場では、AI特有のハルシネーションによるミスや見落としは許されません。そこで、生成された文章の根拠となった元のカルテデータへ直接アクセスし、その情報が正しいかどうかを瞬時に照合できる「キーワードハイライト機能」を実装しました。最終的な責任は医師が持つという医療現場のワークフローを尊重し、医師自身がすみやかに内容を確認できる動線を作っています。
  • 既存システムとの連携とセキュリティ設計
    慶應義塾大学病院がすでに整備していた高度なセキュリティポリシーのもと、インターネットへの接続をホワイトリスト形式で厳格に制限し、電子カルテのデータと外部のLLMサービスを安全に連携させる環境を構築しました。情報漏洩リスクを排除し、機密性の高い医療情報を保護しながら、外部LLMの高度な能力を活用できる設計としています。

【成果と展望】
現在は慶應義塾大学病院全22診療科で活用されており、退院サマリ作成にかかる時間の短縮に寄与しています。

今後は、患者さんを送り出す側のサマリ生成にとどまらず、外部から患者さんの紹介状が届いた際にその情報を画像からドキュメントに移行する支援も進めています。医療現場においては、この受け入れ時の情報整理も極めて大きな負担となっており、送り出し側・受け入れ側双方が抱えるドキュメント作成の課題に、引き続き向き合いを続けていきます。

詳細はこちらをご覧ください。
【医療現場で本格導入】慶應義塾大学病院とアルサーガパートナーズ、 生成AIを活用した「退院サマリ作成支援AI」システムを共同開発

都内医療機関:専門性の高い「精神科」への展開

医療現場 生成AI活用

現在は、都内の別の医療機関においても4つの診療科への導入に向けたプロジェクトを進めています。その中には、記述の性質が他の診療科と大きく異なる「精神科」も含まれています。

【背景】叙述的な記述が多く、情報の構造化が難しい現場
精神科のカルテは、患者さんの細かな症状の変化や対話の内容、心理的な関係性などが叙述的・感覚的に記録される特性があります。一般的な診療科と比べて情報の構造化が難しく、生成AIにどのように要約させるかが一つのハードルとなります。

【運用のポイント】精神科の記述に合わせたプロンプトの調整
これまでの知見をベースにしつつ、精神科特有の表現や文脈を捉えるための専用プロンプトの設計を進めています。現場の医師と連携しながら実際のカルテ内容に即したチューニングを行い、実用性に耐えうるかどうかの検証を重ねています。

【今後の展望】
記述のハードルが高い精神科という領域において、生成AIがどこまでサマリ作成の負担を軽減できるか、現場の医師と連携を深めながら実用化の可能性を模索しています。

医療AIの真価は、システム構築の先にある「現場定着」に

医療現場における生成AI活用は、関心の高さに対して、実際の導入に向けたハードルが非常に高いのが実態です。現場に向き合い続けてきた経験から言えば、難しさの本質は「システムを導入すること」そのものよりも、その先にあります。

医療現場ではミスの許容範囲が極めて狭く、患者さんの安全が最優先です。そのため、ただシステムを構築するだけでなく、現場のワークフローに馴染み、医師や現場スタッフが実際に使い続けてくれる環境を作れてはじめて、初めて価値が生まれます。

近年では、電子カルテを手がける大手ベンダーがAI機能を提供するケースも増えています。すでに電子カルテ内にデータがあるため連携自体はスムーズな一方で、診療科ごとに異なる要望に応じたプロンプトの調整や、現場に合わせた初期設定の伴走までは手が回りにくいという側面もあるようです。

私たちは、診療科ごとのプロンプトを現場の医師と直接すり合わせ、実務に即した形で初期設定を組み立てていくアプローチをとってきました。既存のシステムを入れるだけでは解決しない、運用定着までの泥臭いプロセスを現場の皆さまと一緒に進めていくことが重要であると考えています。

医療現場での生成AI活用や医療DXの推進において、導入や運用の進め方に迷われている方は、ぜひお気軽にご相談ください。

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専門家からのコメント

アルサーガパートナーズ 執行役員 西日本システム開発本部長 吉冨 亨

生成AIをはじめとするAIの導入は、これまでの業務手順やルールはもちろん、場合によっては法律すら変えてしまうほどの大きな転機をもたらします。そのため、これまでのやり方に慣れている現場ほど「変化へのハードル」が高く、導入が進みにくいという側面があります。

また、AI活用は情報システム部門や特定の部署だけで完結するものではなく、組織を“横串”で刺して取り組まなければ前には進みません。「自分の部署はOK、あちらはダメ」といった分断を防ぎ、病院全体で連携することが不可欠です。今回、慶應義塾大学病院様で導入がスムーズに進んだ背景にも、日頃からすべての診療科と横断的に接しており、現場を下支えしてくださった放射線科の皆様の存在がありました。

こうした中で、医療機関が投資や導入に踏み切る最大の決め手となるのは、何よりも「安全性の確保」です。医療事故のリスクや、現場が日々抱えているヒヤリハットなどの不安を取り除き、「安全のために働いている医療従事者を守るために、AIを導入したい。」この想いこそが、医療現場におけるAI導入の本質であり、最大の推進力になると実感しています。

吉冨 亨 Toru Yoshitomi

アルサーガパートナーズ 執行役員 西日本システム開発本部長

九州大学を卒業後、大手システムエンジニアリング企業に入社。制御系システム、基幹系システム、業務系Webシステムなどの導入を経験し、2012年に福岡で独立。 2014年、IoTベンチャーの立ち上げのために上京。法人設立後は、システム開発以外の運営業務全般を担当し、案件獲得から現地でのシステム導入まで実施。また、管理部門の管掌も兼任し4期連続成長および黒字を実現した。 福岡に戻り地場のシステム会社で民間企業の営業部門の責任者に就任。 2023年4月アルサーガパートナーズに福岡支社長として入社後、東京・福岡を統合したシステム開発事業本部長に就任し、300人にせまる組織の運営にあたる。 2025年7月福岡九州地区の事業拡大に軸足を戻す。
吉冨享

報道関係者の皆様へ

アルサーガパートナーズでは、社会課題の解決や最先端のIT・AI技術、お客様のDX推進に向け、日々研究と挑戦を重ねております。

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